給餌条件のエンリッチメント(写真79-91)

給餌条件のエンリッチメントとは、

他個体とけんかすることなく食べること、及び(または)

食べものを処理する行動を促進することである


いつでも同じ餌が自由に手に入るような状況下でさえ、マカクザルはそれを得るために努力する(Anderson & Chamove, 1984; Evans et al., 1989; Line et al., 1989b; O'Connor & Reinhardt, 1994)。このことは、彼らが、食べ物を手に入れる過程に積極的にかかわりたいという欲求を持っていることを示唆する。彼らが研究目的で飼育されている場合には、大抵この要求は満たされない。自分の食べる分の餌を集めたり、食べるために餌を処理するという努力をまったく、もしくはほとんどしなくても餌を口にできるからである(Bartecki, 1993)。

              写真79                              写真80

8頭のアカゲザルのオトナオスに、次のような選択肢を与えた。

 (1)1日の配給量である33枚のビスケットを、通常の餌箱からいつでも好きなときに自由にとって食べられるようにする(写真 79)、
 (2)同じ量のビスケットを、パズルフィーダーを介して手に入れる(
写真 80, パズルフィーダーとは、もともとケージに備わっている   餌を取り出すための大きな穴にではなく、彼らが手を入れづらいケージの格子部分に直接取り付けた餌箱である)。

その場合、彼らが餌を手に入れるために費やした平均時間は次のようであった。
 (1)餌箱から29枚のビスケットを手に入れるために費やした平均時間は0.5分。
 (2)60分間のテストセッションにおいて、11枚のビスケットを手に入れるために費やした平均時間は11.2分(Reinhardt, 1994d)。

彼らはパズルフィーダーから努力して手に入れたビスケットを全部(11枚)平らげた。しかし、通常の餌箱から何の努力なしにビスケットが手に入る状況では、手に入れたビスケット29枚のうち、たった52%(15枚)しか食べなかった。



写真81

写真82

ペア飼育の個体で、1日の給餌量に相当する量のビスケットを、通常使用している餌箱の代わりにパズルフィーダーを介して取らせるようにした。すると、食べ物を集める行動、つまり採餌に費やす時間は100倍にも延長された(写真81, 82; Reinhardt, 1993a)。158頭のアカゲザルを調べたところ、89%の個体が餌の供給源としてパズルフィーダーを主に利用するようになった。残りの11%の個体は十分な量のビスケットを得ることができなかった(例えば、歯に問題があって、メッシュ越しにビスケットを引っ張ることができなかった)。こういった個体については、彼らが確実に餌を入手できるように、パズルフィーダーから通常の餌箱に戻した(Reinhardt, 1993b)。

ペアで飼育されている盲目のメスアカゲザルの行動に関して、注目すべき事例が報告されている。彼女はパズルフィーダーを利用することを学習すると、視力に問題のない他の個体に負けず劣らず巧みに、1日の給餌量分の餌を手に入れた(Reinhardt & Garza-Schmidt, 2000)。何ら制限なく餌箱から標準飼料を手に入れることができるのではなく、それを手にいれるためには努力を要する状況下でも、個体の体重維持に悪影響はない(Reinhardt, 1993b,e; Murchison, 1994; Bertrand et al., 1999)。

通常の餌箱をメッシュ上の別の位置に設置しなおすだけで、パズルフィーダが出来上がるとは限らないだろう。ケージのつくりによって、ビスケットを餌箱から取り出すのに必要な時間を延長するためにはどのように手を加えればよいかが異なるからである(例えば、Murchison, 1994,1995; Reinhardt & Garza-Schmidt, 2000)。

再設計され、餌の供給源として主に利用されるようになったパズルフィーダーだが、そもそもは飼育ケージの一部である。それゆえ、パズルフィーダーを掃除したり、標準飼料以外の餌を与える際にも余分な時間はかからない。



          写真83

給餌条件のエンリッチメントの手始めとして、パズルフィーダーを常置することが有効であることは、ベニガオザル(写真 83, M. arctoides; Reinhardt 1993c)、ニホンザル(M. fuscata; Yanagihara et al., 1994)、そしてカニクイザル(M. fascicularis; Reinhardt & Garza- Schmidt, 2000)で確認されてきた。


写真84

種々さまざまなオーダーメイドの給餌装置(例えば、Line & Houghton, 1987; Bramblett & Bramblett, 1988; Moazed & Wolff, 1988; Markowitz & Line, 1989; Gullekson et al., 1991; Kaplan & Lobao, 1991; Lam et al., 1991; Murchison, 1991,1992; Bayne et al., 1991,1992; Clark, 1992; Murchison & Nolte, 1992; Bartecki, 1993; Holmes et al., 1994; Taylor et al., 1994; Niemeyer et al., 1998)、そして、写真84のマカク用パズルフィーダー(例えば、Bloom & Cook, 1989)のような市販の給餌装置がこれまでに紹介されてきた。

これらの給餌装置は、購入費用が割りにかさむ上に、餌をつめたり、装置を掃除するのに余分な時間を取られる(Bayne et al., 1993)。こういった給餌装置の長期的な有用性に関する情報は、ほとんど公表されていない(Reinhardt, 1993d)。



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おそらく、'天井パズル'が最も安価な給餌'装置'だろう。毎日の給餌量分のビスケットを、通常の餌箱の中ではなくケージの天井の上に置く。これは余分に材料を必要とすることもなく、また飼育担当者が掃除のために余分な時間をさくことも必要としない工夫である。しかしこの工夫によって、個体が採食に費やす時間の長さは、ビスケットの形によって80-290倍にも延長される(Reinhardt, 1993e)。

彼らは、何の制限もなく餌が手に入る時には餌を貯えようとする。例えば給餌場面で、アカゲザルが持てるだけの固形飼料を抱えているのはよく目にする光景である。あふれんばかりの固形飼料を頬袋につめ込み、あわてて残りの固形飼料を餌箱からつかもうとするものだから、大半を床に落してしまう。そんなこんなの末に、ようやく餌を食べ始めるのである。床の上にこぼれ落ちた固形飼料に糞尿がついてしまうのは、いたしかたのないことである。そうなってしまった餌を動物は食べない。飼育者はケージの隅にカビが生えないように、放棄された餌を取り除かなければならなくなる。

天井パズルやパズルフィーダーを用いて給餌を行った場合には、こういった問題は生じない。彼らは努力して手にいれた餌はすぐに食べてしまい(Reinhardt, 1993a,e; Murchison, 1994,1995)、それを貯め込もうとはしないからである。天井パズルやパズルフィーダーを介して固形飼料を手に入れるための処理過程で、飼料のかけらが床の上にパラパラと落ちる。しかしそのかけらは、大抵ケージの床部分のメッシュを通りぬける位小さいものなので、排水溝に洗い流される。

動物が餌を手に入れる過程に夢中になっているかどうかは、放棄されてだめになった餌がケージ内に落ちていないかどうかを見ればわかる(Reinhardt, 1993e; Reinhardt & Garza-Schmidt, 2000)。.







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給餌条件を工夫して季節を演出することは、単調な標準的給餌法に変化をつけることにつながる。動物のために野菜や果物を細かく刻むなどということは時間の無駄である(Smith et al., 1989参照);彼らは食べ物を処理するために必要な時間をたっぷり持っているし、処理すること自体を楽しんでいるようにも見える。どのマカクザルにも、毎日丸ごと1個の果物(写真 87, 例えば、リンゴ)、もしくは丸のままの野菜(写真 88, 例えば、じく付きのトウモロコシ)を与えるべきである。

いろいろな食べ物を食べさせるといった扱いを、実験動物は受けるに値しないといったい誰が言えるのか?



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季節の農作物が手に入らない場合は、その代わりとして角氷(写真 89; McNulty, 1993参照)や、殻付きピーナツ(写真90)などが喜ばれる。



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人の手を介してごちそうを直接動物に手渡すことは、採餌条件のエンリッチメントにおける1つの選択肢であるだけでなく、人間と動物の間の好ましい関係の形成を促すものでもある。ごちそうが人の手で与えられた日だけでなく、その後のごちそうをもらわなかった日にも、アカゲザルが「異常」行動を生起させる程度が減ったという事実は、この'給餌テクニック'のもたらす効果が有益なものであることを示している(Bayne et al., 1993)。

ごちそうをサルに直接手渡した場合に見られるこの持続的な効果は、彼らが給餌装置から餌を手に入れている状況では報告されていなかったことである(Watson, 1992; Bayne et al., 1993; Novak et al., 1998)。この事実は、動物をよい状態におく上で、飼育担当者が決定的な役割を担っていることを実証している(Wolfle, 1987参照; NRC, 1998)。


居住環境のエンリッチメント (写真92-108)

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