ヒト以外の霊長類と人間の好ましいかかわり方・好ましくない係わり方(写真62-71)


"重要であるにもかかわらず、見落とされがちな社会的エンリッチメントの要素として、飼育担当者や実験技術者からの心づかいがあげられる。これは、とりわけ動物が同種他個体から分離されているときに重要な要素である"(Reese, 1991)。"よい実験技術者は、その技能を対象動物に注ぎ込むことで、その個体をよりよい状態に、そしてより信頼できる研究対象にすると言っても過言ではない"。

方、ストレス(そして恐怖)はデータの変動性を高め、結果の信頼性を下げるような深刻な生理的・行動的変化をもたらす。飼育担当者や実験技術者は、動物の心理的幸福を決定する一連の環境・社会的要因に影響を与える、最も重要な立場にある。

飼育担当者や実験技術者は、すべての個体と社会的結びつきを強めるために努力しなければならない。飼育担当者との絆は、動物に信頼関係にもとづく安心感を与える。そして、その安心感があってこそ彼らは、人間との係わりにうまく対処していく方法を見つけることができる"(Wolfle, 1996)。



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人間と動物の好ましい関係が形成されることで、動物の(NRC, 1998)、そして人間の(!)心理的幸福が高められるだろう。それだけでなく、日々の決まった作業や実験の進行も容易になる。





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人間がケージ付近にいる時や(写真 63)、個体をホームケージ内から移動させようとする時に(写真 64)、アカゲザルは頻繁に恐怖や防御反応を示す。こういった反応は、動物の'正常な'生理状態に明らかな変化を引き起こす(Malinow et al., 1974; Line et al., 1989a)。人間がケージ室に入りサルのいるケージに近づいた時に、彼らが'非常に興奮する'のは珍しいことではない(Arluke & Sanders, 1996参照)。

彼らがこのような反応を示すに至ったのは、人間との係わり合いの中で、好ましくない経験を過去に繰り返し持った結果である(T-W-Fiennes, 1972参照)。ゆえに、彼らにとって好ましい方法・係わり方で接し続けることで、恐怖や防御反応を示さなくなるはずだ。


実験場面での対象動物のパフォーマンスは、その動物と実験者の間の信頼関係に強く左右される。我々はこのような信頼関係を動物との間にきずきあげなくてはならない。したがって、動物が人間の存在やその活動に慣れるように、彼らと頻繁に接触を持ち続けることが好ましい。

ふさわしい場所で動物に話しかけたり、体に触れたり、毛づくろいをしてやるための時間は、研究目的で彼らと接する時間とは別にとっておくべきである。スタッフは、動物と係わる時には思いやりに満ち、寛大で、そして常に一貫した態度で接しなければならない"(European Economic Community 1986; Home Office, 1989参照)




"研究目的でサルを取り扱う場面以外で、好ましい方法で係わりをもち、彼らを取り扱う人間や研究者に慣れさせる。そうすることで、ヒト以外の霊長類にとって人間と係わり合うことが次第にストレスではなくなる。常に変わらぬ思いやりのある態度で取り扱ったなら、彼らのほとんどが、それにふさわしい方法で応じてくれる。しかしながら、いじめたり、だましたり、脅したりすると、人間と彼らの関係は非常に険悪なものになってしまう。十分に訓練され、やる気に満ちた飼育者は、動物が受けるストレスを低減することに大きく貢献できる(NRC, 1998)"。



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人間と動物の好ましい関係は、動物にあることをさせようとする際に餌などの報酬を与える、正の強化訓練を成功させるための基本条件である。"思いやりと思慮に満ちた態度で取り扱えば、彼ら(実験動物としての霊長類)は、単なる研究上の道具ではなく、実験における協力的なパートナーにさえなり得る"(T-W-Fiennes, 1972)。



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例えば薬物の注射(写真66)など、研究上良く用いられる手続きに正の強化子を伴わせ(写真67)、ふだんのケージの中で、その手続きに対して協力的に振る舞うようにアカゲザルを訓練することは、彼らを取り巻く社会的な環境を向上する上で大変有益である。またそれは、対象動物の心に刺激を与えるだけでなく、扱う側の人のやる気も引き起こす効果をもつ(Reinhardt, 1992a)。

このような状況での動物と飼育担当者の係わりは、動物の側に恐怖を引き起こすものではなく、もはやお互いの信頼関係の上に成り立っているものである(Reinhardt & Dodsworth, 1989)。ヒヒ(Papio sp.; Levison, 1964)、マンドリル(Mandrillus leucophaeus; Priest, 1991a,b)、チンパンジー(Pan troglodytes; Byrd, 1977)、オランウータン(Pongo pygmaeus; Berman & Greenblatt, 1989)、そしてゴリラ(Gorilla gorilla; Lynn, 1997; Quisenberry, 1997; Brown, 1998)でも、注射に対して協力的に振るまうように個体を訓練できたという報告がある。



たとえ、"実験環境下のアカゲザルは攻撃的でほとんど手に負えないという、当然受けるべき評判が今まであった"としても、正の強化テクニックを用いれば、廊下や処置室ではなく彼らにとってなじみあるホームケージの中で、研究上最もよく行われる伏在静脈(写真68)や大腿静脈からの採血(写真69)などの手続きに協力するよう、安全にアカゲザルを訓練できる。

写真68

写真69

採血に際して手足を自発的に差し出すようにアカゲザルを訓練できたこと(Elvidge et al., 1976; Bernstein et al., 1977; Walker et al., 1982; Vertein & Reinhardt, 1989; Reinhardt, 1991d; Phillippi-Falkenstein & Clarke, 1992; Eaton et al., 1994)が、数人の研究者によって報告されている。これら中には、実際の訓練手続きを段階的に示した報告もある(Vertein & Reinhardt, 1989; Reinhardt, 1991d; Phillippi-Falkenstein & Clarke, 1992)。

この写真のメス2頭のように、採血に協力するように訓練された個体では、動物を強制的に拘束したり、無理やりに麻酔をかけるような伝統的方法で採血を行った場合に典型的に現れる、恐怖反応や血液学的パラメターの変化(Verlangieri et al., 1985; Reinhardt, 1991c)、そしてストレスに敏感に反応して変化するホルモン(すなわち、コルチゾール、テストステロン、成長ホルモン、プロラクチン)の明らかな変化が生じない。強制的な拘束にあまり依存しない手続きは、動物とスタッフの受けるストレスを低減する。この手続きは両方にとってより安全なものである。そして大抵の場合、強制的な手続きをとるよりも能率的である(NRC, 1998)。

"動物の学習能力をうまく利用して、毎日の作業手続きに協力するように彼らを訓練することで、彼らが経験する苦痛を最小限に押さえることができる"(Home Office, 1989)。採血に協力するように個体を訓練できたという成功例が、カニクイザル(M. fascicularis; Hein et al., 1989)、ベニガオザル(M. arctoides; Reinhardt & Cowley, 1992)、クロザル (M. nigra; Iliff, 1997)、ベルベット・モンキー(Cercopithecus aethips; Wall et al., 1985; Suleman et al., 1988)、ヒヒ(Papio anubis; Suleman et al., 1988)、マンドリル(Mandrillus leucophaeus; Priest, 1991a)、 チンパンジー(Pan troglodytes; T-W-Fiennes, 1972; McGinnis & Kraemer, 1979; April, 1994; Laule et al., 1996)、そしてオランウータン(Pongo pygmaeus; Moore & Suedmeyer, 1997)でも報告されている。





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採血を行う側の安全を保障するために処置の間アカゲザルを強制的に拘束する必要などない(写真70, 71)。

実のところ、"すべての予防手段をつくしても、ひっかく、噛むなどの行為は頻繁に起こる(Valerio et al., 1969; Zakaria et al., 1996参照)。言うまでもなく、怖がって抵抗しているサルは、自己防衛のためにできることなら何でもやるだろう"。

今現在データが集められつつあるとはいえ、"抑圧された状態では、動物は正常に反応しないだろう"というのは、やはり"まだ常識のレベルにすぎない"(Schwindaman, 1991)。血液試料を集める際に個体を物理的に拘束することが、静脈穿刺に伴うストレスを引き起こす主な原因である(NRC, 1998)。

にもかかわらず、科学論文の中で採血のプロトコールが記述されていることはめったにない(Reinhardt, 1999b)。これは、採血の方法が研究データに統制されていないストレス変数を加えている可能性を、考えない研究者が多いことを示唆している。この統制されていない変数がデータの変動性を高め、統計学的に十分な結果を得るために必要な実験動物の数を余計に増やしているのである(Fox, 1986参照; Home Office, 1989; Brockway et al. 1993; Schnell & Gerber, 1997; Odrink & Rehbinder, 1999)。

採血に協力するように個体を訓練する(写真72-78)

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